私は現在企業の内部監査部門に所属し、公認内部監査人(CIA – Certified Internal Auditor)という資格を有しています。公認内部監査人の元締めは、社団法人日本内部監査協会ですが、元々はアメリカのIIA (The Institute of Internal Auditors) という団体が認定している資格を輸入したものです。
こういった資格には、当然ながらその有資格者が資格に関する業務を実施する上で従うべき指針が決まっています。きっちりと文書化されていますが、日本のものは米国で発行された指針を和訳したものになっています。
それらの訳ですが所謂直訳調で非常にぎこちないです。翻訳の勉強を始める前は「(日本語が)読みにくいなぁ」程度にしか思わなかったのですが、翻訳の勉強を始めた今は、「読み手の理解より逐語訳することのみに心を砕いた拙訳」と考えるようになりました。
このブログを読んでいる方は、翻訳をしている方もしくは翻訳に興味がある方だと思いますが、そんな方々のために、日本内部監査協会による和訳がいかに読みにくいか紹介したくて今日の記事としました。
ほんの一部ですが下記に紹介します。「内部監査の専門書的実施の国際基準」からの抜粋です。最初に原文、次ぎに和訳です。
1120 – Individual Objectivity
INTERNATIONAL STANDARDS FOR THE PROFESSIONAL PRACTICE OF INTERNAL AUDITING (STANDARDS)より抜粋
Internal auditors must have an impartial, unbiased attitude and avoid any conflict of interest.
Interpretation:
Conflict of interest is a situation in which an internal auditor, who is in a position of trust, has a competing professional or personal interest. Such competing interests can make it difficult to fulfill his or her duties impartially. A conflict of interest exists even if no unethical or improper act results. A conflict of interest can create an appearance of impropriety that can undermine confidence in the internal auditor, the internal audit activity, and the profession. A conflict of interest could impair an individual’s ability to perform his or her duties and responsibilities objectively.
1120 ─ 個人の客観性
「内部監査の専門職的実施の国際基準」より抜粋
内部監査人は、公正不偏の態度を保持し、利害関係を有してはならない。
解釈指針:
利害関係とは、信頼される地位にある内部監査人が、組織体にとって最大限得られる利益に相反するが、専門職としての、または個人としての利益を持つ状況のことである。そういった相反する利益は、内部監査人の職務を公平に完遂させることを困難にさせることがある。利害関係というものは、非倫理的または不適切な行動結果がなくとも存在する。利害関係は、内部監査人、内部監査部門および専門職それぞれに対する信頼を損なうかもしれない不適切な外観を作り出す可能性がある。 利害関係は、内部監査人の職務と責任を客観的に遂行するための個人の能力を侵害することもある。
如何でしょうか?原文は英語ですので無生物主語が多用されていますが、和訳でも「そういった相反する利益は、、」と訳して、そのまま主語にしています。appearance of improprietyに「不適切な外観」という辞書に掲載されている単語を組み合わせただけの意味不明な訳語をあて、さらにそれを先行詞とした関係代名詞句 that can undermineを「信頼を損なうかもしれない」と学校英語さながらに訳し上げ、一読了解とは正反対の訳文になっています。
「内部監査部の専門職的実施の国際基準」はそれなりの分量の文書ですが、一事が万事こんな翻訳です。(そもそも「専門職的実施」という日本語もよくわかりません)
この資格を取得するには、試験の出題範囲となっている同基準の知識が必要です。私自身は翻訳で収入を得ようと考える位なので、英語版の基準を勉強し、試験も英語で受験しました。でもそんな人はごく一部で、大半の人は日本語バージョンを勉強するのです。内容を理解するのは大変だと思います。
日本内部監査協会は、何故こんなわかり難い翻訳をしたのでしょうか?理由はわかりません。米国IIAとの契約上、一字一句たりとも違えて翻訳してはならないとの契約でもあったではないかと勘ぐってしまいます。
理由はどうであれ、出来上がった和訳は日本語としての自然さに対する配慮を欠いた難解なもの。これを監訳したのは檜田信男さんという方で、会計学者で中央大学名誉教授だそうです。翻訳を専門とした方ではないので致し方無いでしょうか、、、。
最後に上記で引用した英語版・日本語版へのリンクを張っておきます。ご興味のある方はどうぞ。
INTERNATIONAL STANDARDS FOR THE PROFESSIONAL PRACTICE OF INTERNAL AUDITING (STANDARDS)
関連リンク
法務省大臣官房司法法制部による「法令翻訳の手引き」を見つけた
50歳代後半の男性会社員です。一時実務翻訳の勉強をしいて、仕事を貰えるレベルにはなりましたが気が変わり方向転換。ブログのテーマも実務翻訳から英語学習全般に変更の方向です。詳しい自己紹介はこちら。
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