一応、翻訳者を目指したいと思いこのブログを開設していますが、まだ翻訳学校(もしくは通信講座)にも行ってないですし、翻訳トレーニング用の書籍を購入したわけでもありません。情報収集だけしている段階で、練習も含め翻訳経験ゼロです。
翻訳経験ゼロなんですが、意識だけは高まっているので、今まで気に留めていなかったものが気になったりします。そのうちの一つが、日経新聞に掲載されるThe Economistの記事。Economistは英国の知性とも呼ばれ、英語上級者向けの読み物として推薦されたりしてます。私も一時購読してました。
日経新聞では、毎週火曜日にEconomistの翻訳記事(多分Leaders。LeadersはEconomistの社説)が掲載されるのです。でも私にとってEconomistの記事は、英語の勉強のために読むものであって翻訳記事など眼中にありませんでした。
ところが、翻訳に関心を持つようになると俄然このコンテンツが有用に思えてきたのです。天下のEconomistの記事が日本を代表する日刊経済誌で翻訳されているのです。発行部数230万部を誇る新聞の翻訳なのです。一流の方が手掛けているに違いありません。題材としては最高のはずです。
幸いにもユーザー登録をすれば、Economistは一月5記事まで無料で購読できます。日経が取り上げた記事だけを読むのであれば、Economist側は無料です。早速試しに、1月7日の日経で取り上げられたEconomistの記事「Pessimism v progress」(日経新聞では、「テック悲観論」革新への通過点)の最初の方を自分で訳してみて、日経新聞の翻訳と比べてみました。
まずは、The Economistの記事です。
Faster, cheaper, better—technology is one field many people rely upon to offer a vision of a brighter future. But as the 2020s dawn, optimism is in short supply. The new technologies that dominated the past decade seem to be making things worse. Social media were supposed to bring people together. In the Arab spring of 2011 they were hailed as a liberating force. Today they are better known for invading privacy, spreading propaganda and undermining democracy. E-commerce, ride-hailing and the gig economy may be convenient, but they are charged with underpaying workers, exacerbating inequality and clogging the streets with vehicles. Parents worry that smartphones have turned their children into screen-addicted zombies.The technologies expected to dominate the new decade also seem to cast a dark shadow. Artificial intelligence (AI) may well entrench bias and prejudice, threaten your job and shore up authoritarian rulers. 5G is at the heart of the Sino-American trade war. Autonomous cars still do not work, but manage to kill people all the same. Polls show that internet firms are now less trusted than the banking industry. At the very moment banks are striving to rebrand themselves as tech firms, internet giants have become the new banks, morphing from talent magnets to pariahs. Even their employees are in revolt.
The Economist (Dec 18th 2019 edition)

次に(ホントに)恥ずかしながら、自分の和訳と日経新聞の翻訳との比較です。
日経新聞(2020年1月7日) | 私 | |
1 | より速く、より安く、より良いものを――。テクノロジーは明るい未来をもたらしてくれると多くの人が期待する分野の一つだ。 | より早く、より安く、より良く - テクノロジーは、明るい未来を提供してくると人々が期待した分野であった。 |
2 | だが2020年代の幕開けに際し、こうした楽観は鳴りを潜めている。 | しかし、2020年を迎え、楽観論は少なくなっている。 |
3 | この10年間支配的だった新たなテクノロジーが事態を悪化させつつあるように見えるからだ。 | 過去10年を席巻した新技術は、物事を悪くしているように見える。 |
4 | ソーシャルメディアは人々をつなぐはずのものだった。 | ソーシャルメディアは、人々を繋ぐものと期待された。 |
5 | 11年の中東や北アフリカの民主化運動「アラブの春」では、自由をもたらす原動力になったと歓迎された。 | 2011年のアラブの春は、自由化のうねりと歓迎された。 |
6 | だが今日ではむしろ、プライバシーを侵害し、プロパガンダを拡散し、民主主義をむしばむものとして知られる。 | 今日では、ソーシャルメディアは、プライバシーを侵害し、プロバガンダを流布し、民主主義を毀損しているものとみなされている。 |
7 | 電子商取引(EC)や配車サービス、ネットを通じ単発の仕事を請け負う「ギグエコノミー」は便利かもしれないが、不当に賃金の安い労働者がこうした仕事を担い、格差を助長し、交通渋滞を引き起こしている。 | Eコマースやライドシャア、ギグエコノミーは利便性をもたらしたかもしれない。しかし、それらも労働者を低賃金で雇っている、不平等を助長している、交通渋滞を発生させているとして非難されている。 |
8 | 親はスマートフォンのせいで、子どもが画面を眺めてばかりいるゾンビになってしまったと心配する。 | 親たちは、スマートフォンが子供たちをスマホ中毒にしないかと心配している。 |
9 | これから始まる新しい10年間を支配するとみられるテクノロジーも、暗い影を落としているようだ。 | 今後の10年の主役を務めるであろうと期待されている技術にも、暗雲が立ち込めている。 |
10 | 人工知能(AI)は先入観や偏見を固定化し、人間の仕事を脅かし、独裁者たちを支える可能性がある。 | 人工知能は、先入観や偏見を植え付けるであろう。我々の職業的地位を脅かし、全体主義的為政者を支えるであろう。 |
11 | 次世代通信規格「5G」は中国と米国の貿易戦争の核心だ。 | 5Gは米中貿易戦争の核心だ。 |
12 | 自動運転車はまだ開発途上だが、それでも死亡事故を起こしてしまう。 | 自動運転乗用車は実用化に至ってないが、人身事故で人の命を奪えることなら出来る。 |
13 | 世論調査ではテクノロジー企業への信頼は今や銀行よりも低い。 | インターネット会社については、銀行よりも信用されていないとの調査結果も出ている。 |
14 | 銀行がテクノロジー企業としてイメージを変えようと躍起になっている一方で、ネット大手は新たな銀行になり、優秀な人材にとって魅力的な会社から、世間から辛辣な批判を受ける存在へと変わってきた。 | 銀行がテクノロジー企業に変身しようとしているこの時に、インターネットの巨人が新たな銀行となり、人材を引き付ける磁石のような存在から世間の嫌われ者に変身している。 |
15 | 社員からも反乱を起こされる始末だ。 | 彼らの従業員でさえ反抗を始めた。 |
以下、日経の翻訳と自分の和訳を比較した所感です。
- 日経はbetterを「より良いもの」と名詞を補充して訳しています。offerは「もたらす」とになっています。
- in short supplyは日経新聞では「鳴りを潜めている」と訳されています。なるほどと思います。
- 私はtechnologyを技術と訳してしまいました。1でテクノロジーと訳していたので、そのままでよかったですね。
- 日経はsupposedを「~はずのものだった」と訳しています。私は「期待された」とモロに受動態にしてしまっています。
- liberating forceを日経では「自由をもたらす原動力」としています。私はあまり深く考えず「自由化のうねり」としました。読み返してみて「うねり」の意味を調べたところ、 「高く低く波打ち、または曲がりくねって続くこと」とありました。うねりにはforceの直接的な意味はなく、私の訳は比喩ということになります。やはり原動力としたほうが原文の意味にフィットすると思います。
- undermining democracyは「民主主義をむしばむ」としているのは流石ですね。私は「むしばむ」が思い浮かびませんでした。
- ride-hailingを日経ではhailにきちんと焦点をあて「配車サービス」と正確に訳しています。一方私は「ライドシャア」と誤字に気づかず使ってしまいました。誤字はいかんですね。ライドシェアを訳に当てようとしたのも、あまり深く考えずrideという単語に反応した結果です。
gig economyは私はそのままカタカナ表記にしました。一方日経は「 ネットを通じ単発の仕事を請け負う」と原文には無い補足を加えて訳しています。このあたりは翻訳者の方がgig economyがまだ多くの人には浸透していないと判断したためと考えます。こういった配慮も翻訳には必要なのですね。
また、but以下の文章の動詞are charged withを日経は訳していないようです。ただ、そうすると日経自身の意見表明と理解されてしまわないか疑問です。私は「非難されている」と訳してみました。この場合どのように非難されているか説明が必要となり、説明部分の訳がぎこちなくなっています。 - 日経はzombiesをそのまま「ゾンビ」と訳しています。私は「スマホ中毒」と極めて一般的な言い回しで済ませてしまいました。なので日経に比べるとインパクトに欠けます。
- cast a dark shadowを日経は「暗い影を落としている」と訳しています。文字通りかつ自然な訳だと思います。一方私は「暗雲が立ち込めている」と訳しました。辞書で暗雲、、、の意味を調べてみると、今後や先行きが心配されることを言うようです。ですので厳密には 「暗雲が立ち込めている」は 未来のことかもしれません。従ってやはり日経の訳の方が適切なんだと思います。
- authoritarian rulerを私は「全体主義的為政者」と直訳してしまいました。普通こんな言い方しないですね。日経はあっさり「独裁者」です。それでいいんですね。
- 日経は原文に無い「 次世代通信規格 」という説明を5Gに加えています。
- manage to kill peopleを私は「 人身事故で人の命を奪えることなら出来る 」と非常にぎこちない日本語にしています。その前にautonomous cars still do not workとあり、それを受けての訳す必要があったのでこんな訳にしてしまいました。一方日経は「 それでも死亡事故を起こしてしまう」と訳しています。うまいなぁと思います。
- 私はinternet firmsを直訳して「インターネット会社」としました。あまり使わない呼称ですよね。自分でもそう思います。一方日経は「テクノロジー企業」です。その方が全くもって自然ですよね。
- strivingを日経は「躍起になっている」にしています。うまいですよね。私はstrivingのニュアンスが全然出せてませんでした。また、talent magnetsを「 人材を引き付ける磁石のような存在 」とmagnetをそのまま使ってしまいました。日経は「 優秀な人材にとって魅力的な会社 」と、magnetをストレートに訳さず変な比喩は避けた表現にしています。
pariahsを私は「 世間の嫌われ者 」と辞書の説明を引きづった訳にしています。日経は「 世間から辛辣な批判を受ける存在 」としていて客観性を強めていると感じます。 - evenを私は自動的に「、、、でさえ」と訳してしまいましたが、日経では「、、、始末だ」という訳に持っていっています。一連のNegativeな説明の駄目を押すような表現にしているところが流石です。
翻訳者を目指そうと思ってから、記念すべき初の翻訳トライでした。翻訳には日本語力も大事と言われていますが、今回ほんのちょっとだけその意味がわかったような気がします。例えば、普段わかったつもりで何となく使っている表現の正確な意味を知らないということを自覚しました。比喩で書かれている原文を自然な日本語にする難しさも感じました。
これから日本語の文章力Upにも励まねばと思います。
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法務省大臣官房司法法制部による「法令翻訳の手引き」を見つけた
50歳代後半の男性会社員です。一時実務翻訳の勉強をしいて、仕事を貰えるレベルにはなりましたが気が変わり方向転換。ブログのテーマも実務翻訳から英語学習全般に変更の方向です。詳しい自己紹介はこちら。
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